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このコーナーでは、私の普段考えていることや社会の出来事について思ったこと、各地の公演で語ったこと、旅行先での出来事などを紹介していきたいと思います。掲載する写真も私や身近な人達が写したものを掲載し、手作り感覚でがんばります。期待しててくださいね。
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| 92 「節分の豆まきをしました。」 |
| 平成20年2月4日(月) |
関東平野に今年初めて沢山の雪が降った昨日2月3日は、「節分」でした。 毎年「節分の豆まき」はスタッフと一緒にやるのですが、今年は日曜日=定休日でしたので、長女・長男と共に3人でやりました。 「豆まき」に使う豆は、通常は「炒った大豆」ですよね。それをまいた後に拾って『年の数だけ食べる』ものですが、私は、(生まれ故郷の長野の実家での工夫の名残りで、)結婚以来ずーっと『殻つきの落花生』をまいています。例年ですと安いからと言ってスタッフが「中国産の落花生」を買って来てくれるのですが、今年は1月から「中国産の冷凍餃子の問題」があったので中国産の落花生には皆でマイナスの反応をしてしまい、『国産の落花生』にしました。「美味しいけれど高い」と言うべきか、「高いけれど美味しい」と言うべきか、美味しいと評判の高品質の落花生が用意されていました。たまたま小包装の物だったので「ふんだんにまく」とはいきませんでしたから、「年の数だけ食べる」という訳にはいきませんでした。が、昨夜は親子3人で・今朝はスタッフが、少しづつ美味しく食べました。 ところで今、私達は店舗住宅に住んでいますので、一般住宅での豆まきとはチョッと違うところがあります。例えば2階の『漢方美容サロン』の窓。外から見える様に広告のネットが張り巡らされているので、『鬼はー外―!』と言って思い切りまくという事は出来ません。ネットの下方の隙間に「つまみ落とす」という感じになります。 以下、写真で撮れる範囲で説明してみましたので、ご一緒に「変形豆まき」を想像してみて下さい。 |
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@先ずは屋上。こんな感じに雪が積もっていました。ドアを開けて、『鬼はー外―!』の第一声を。(写真は今朝撮りました。) |
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A2階の『漢方美容サロン』の窓からは、この隙間めがけて『鬼はー外―!』 |
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B外から見ると、こんな感じになっているのです。 |
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C『福はー内―!』と、まいたところです。 |
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D2階の社長室と私の書斎兼寝室の窓からは、こんな感じの所へ『鬼はー外―!』とやりました。(夕べはもっと雪が沢山ありましたが…) 私ってやはり「天然!?」なんですね。書斎兼寝室の窓から『鬼はー外―!』と一回目を外にまいてから、 “道路に人が歩いているかも!”と思って慌てて窓の下を覗きました。息子に「お母さんは、豆をまいてから人がいるか確認するんだもん…」と笑われました。社長室の窓からまく時は、手を振り上げながら息を吸ったところで気が付いて窓の下を確認。「お母さん、少しは学習したけど、息を吸ってから思い出したね。」と笑われました。私って、もー!! 漢方以外はドジ子さんなんですよ。実は。 |
| 91 『今年も宜しくお願い申し上げます。』 |
| 平成20年2月4日(月) |
久し振りに原稿を書こうとしたら、前回は何と「お盆休み」の事でした。 月日の経つのは早いもので、何やかやと取り込んでバタバタしているうちに、年が明けていたのです。 そこで年賀状を活用して、「遅ればせながらの、新年のご挨拶」を。 昨年は「本名が古村に戻った」り、「店舗住宅になったので、自宅から通ったり漢方相談の為に店頭へ行くのが楽になった」り、「まだ本調子ではないので店頭に出られない日があっても、同じ建物の中に常時いるので便利」だったり、「長女が薬剤師会の研修での学びによって、急速に成長してくれた」り、「長男が仕事を通じて、社会人としても・組織の中間管理職としても、色々学んで成長してくれた」り…と、大変な事と良い事が入り乱れて沢山ありました。が、お蔭様でスタッフの理解や支えもあり、多くの人々の身にしみる優しさもあって、母子3人で無事に新年を迎える事が出来ました。 今年は気合を入れてこのHPの更新をしたり、長年のテーマである『病気別の治し方』のページの充実を図ろうと思いますので、『今年も宜しくお願い申し上げます。』です。 |
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@三健堂のスタッフと共に。「今年も「漢方総合療法による健康と幸福づくり」に私達母子とスタッフが力を合わせて頑張ろうと思いますので、宜しくお願い申し上げます。」 |
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A健和プロジェクトのメンバーと共に。「熱心な受講生の仲間が益々増えて来てうれしいです。今年は「認定書発行」を目指して皆で頑張りますので、宜しくお願い申し上げます。」 |
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B母子で。「お蔭様で、皆で明るく元気に楽しく新年を迎える事が出来ました。昨年秋には、地元柏(旧沼南町)の公民館の文化祭に「生け花」で参加。娘は3回目・私は生まれて初めてでしたが、先生のお蔭で何とか「らしく」なりました。今年も母子協力して頑張りますので、宜しくお願い申し上げます。 |
| 90 「体力がかなり回復したお盆休みでした。」 |
| 平成19年9月4日(火) |
皆様にご心配とご迷惑をおかけしている私ですが、最近随分体力が回復しています。4年前の発病前に近づいている様に感じます。特にお盆の2泊3日の帰省時には、毎日炎天下を歩き回りました。(というより、歩き回る事が出来ました。) 私は生い立ちが複雑である上に、今日に至るまで複雑な人間関係や利害関係、更には心理的・感情的なもつれに振り回されていますので、帰省してのお墓参りも普通の人とは全く違うスタイル・内容になっています。 ちなみに今年のお盆の帰省時は、(宿泊はいつもホテルですが)10個のお墓をお参りし、4軒のお宅の仏壇にお線香をあげさせてもらいました。(内、2軒はお墓もお参りさせてもらいましたが…) 両親は私が2歳にならないうちに離婚し、それぞれ再婚していますから、「両親のお墓をお参りする」という事は「2軒の家のお墓をお参りする」事になります。従って、今回のお墓参りは「実家のお墓」(父方の祖父母や異母弟が眠っている)・「母の再婚先の家のお墓」・「母の実家のお墓」(母方の祖父母やご先祖が眠っている)の他、「育ての母」(3歳の終わりから母代わりとして“実質の母親”をしてくれた父の姉)や「両親のきょうだいである伯父・叔父・伯母・叔母のお墓」にもお参りしましたので、『10個のお墓参り』になったのです。一つ一つのお墓の前で『2月14日(バレンタインデー)付けで2度目の離婚をし、本名が“古村”に戻りました。』とか、『今まで体力が低下していたためにお参りに来られませんでしたが、ここまで元気になりました。』などの報告をし、私の人生に大きな区切りをつけたのです。 但し、何分にも私のお墓参りは「8月12日」でしたから、それぞれの家が仏様をお迎えに行く『13日の迎え盆の前日』なので、不審に思われない様に配慮してお花もお線香もあげないスタイルのお参りです。ホテルなら「素泊まり」の様な感じ(!?) 深刻に考えれば、何とも悲しい・寂しい事ですが、もともと「ねあか」「プラス思考」「打たれ強い」「逆境に強い」と自他共に認める私ですから、「また、話の種が増えちゃったわー」と周囲の人に今回のお墓参りの様子を楽しく話しています。 実家は「出入り禁止」になっていて仏壇をお参り出来ませんが、育ての母である伯母の仏壇はお参り出来、その伯母の娘(戸籍上は従姉妹ですが、生まれた時から姉妹として育ててもらった“姉”)と、母の再婚先の(異父きょうだいの)弟・妹と、私の長女・長男の、『複雑なつながりの人々』(図に描いて説明しなければ理解出来ない間柄・関係)での楽しいひとときを過ごしたり…と、至福の時を過ごしました。 更には「私の中学の一番の仲良しで、中2の時に病気で亡くなった『やっちゃん』のお姉さんの所」へ、(異父)妹の運転で母子3人でお参りに行ったり、最終日の14日には(異父)弟が志賀高原・妙高高原の滝まで連れて行ってくれたり…と、本当に素晴らしいお盆休みを過ごす事が出来、私なりの『心底、幸福だー!と思える時間』を過ごせました。 両親もきょうだいもいない人生だったのに、(私が育ててもらった父方の身内は「一緒に育ててもらった姉(戸籍上は従姉妹)」だけの交流になってしまっているものの、)母方の身内との交流は母の死をきっかけに年々深まり、その上親友の姉が私を本当の妹の様にかわいがってくれる“おまけ”までついたので、その皆の笑顔が今回のお盆の帰省の「最大の収穫」でした。 こんな「心の栄養」が、今後の私を元気付けてくれると実感しました。 「人間の幸・不幸って、自分で創って行くものなんだなー!」と、再認識したお盆休みでした。 そして、下記の写真の様に、「体力の回復」を実感出来たお盆休みでした。 |
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@ 弟が行きつけのお店のマスターとママが出演するライブに間に合う様に…と、朝5時に起きて「長野新幹線」に乗り、駆けつけました。野外のライブでしたので、こんな感じで開演を待っていました。(撮影者:長女) |
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A 野外のステージに、2番目に登場した2人。ママの歌は低音の魅力・プロの迫力。マスターのギターは心に響く音色。高校時代と大学時代にドラムをやっていた長女も・ギターをやっていた長男も刺激を受け、「またやりたーい!」と。 |
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