『ものは考えよう』と言います。私は『ものはとらえよう・言いよう・取り組みよう』だと思います。
何か困難にぶつかった時や悩んだ時に、古村和子流のやり方を参考にしていただければ……と思い、このページを作りました。人生の『道しるべ』にしていただければ幸です。
尚、同じ『道しるべ』というタイトルで、ミニ小冊子を発行しています。
いつもお手許に置いて繰返し見られる形になっていますので、どうぞご覧下さい。

※掲載画像をクリックすると拡大表示されます。


No.18 「CO2削減」への小さな工夫を (3)瞬間湯沸し器の「最初の水」と「最後のお湯」に注目しよう!
皆さんは、瞬間湯沸し器の「最初の水」と「最後のお湯」の事を考えた事はありますか?
「最初の水」とは、『お湯になるまでの間に出てくる水』です。ほとんどの人は、お湯になるまでの水をそのまま捨てています。水道の蛇口から排水溝へ『飲む事が出来るきれいな水』を捨てているのです。洗面所でも・台所でも・お風呂場でも…。日本中の人がこうして捨てている水の量は膨大なものです。そして、この水は、「河川の水を飲料水に作る為の電気や薬品や人手」を沢山使っている事を考えると、『とてももったいない事をしている』と気がつくはずです。そして、ここで使用する「電気」を作る時にCO2が発生している事にも気がつくはずです。
私は、瞬間湯沸し器を取り付けた時から『最初の水』がもったいなく思い、バケツや洗面器やボールに入れておき、お湯が出てきたらそこに加えて使う事にしています。小さな工夫・チョッとした手間ですが、上記の様な事を考えると、あまり苦にならなくなります。(習慣化し、当たり前の事に思えるからでしょうね。)
『最後のお湯』というのは、瞬間湯沸し器のスイッチを切った後も、「蛇口から湯沸かし器までの間の配管の中にあるお湯」の事です。これをそのまま放置して水に戻してしまうのはもったいないと思うのです。そしてここでも『本来なら発生せずに済むCO2』が…。
私の工夫は、台所や洗面所では、「あと少しで終り」という段階でスイッチを切り、「配管の中のお湯を使いきる」様にしています。お風呂では、「最後に行うシャワーで全身をきれいにしてあがった後にスイッチを切り、配管のお湯で(洋風のバスタブの時は)湯船を・(和風のお風呂の時は)洗い場をきれいにする」という風にしています。
こんな私を家族は「真面目すぎる」と笑いますが、私は真剣に地球環境の事を考えて実行しています。
変! でしょうかね?




No.17 「CO2削減」への小さな工夫を (1)「ハンカチ」を使おう!
いつの頃からでしょう。トイレに「ペーパータオル」や「エアータオル」を設置するサービスが普及したのは。
私(昭和20年=1945年生まれ)が子供の頃は、学校で「衛生検査」と称して「ハンカチ・ちり紙を持っているか」と「爪がきちんと切ってあるか」をチェックされたものでした。
その為もあり、『ハンカチは常に携帯するもの』と認識し、必ず持って歩いています。
今、私は、店舗住宅に住んでいますので、お客様用の3つのトイレに入る事もあるのですが、そこには「ペーパータオル」が設置してあります。昭和60年に現在のお店に移転してからずーっと置いてあるので、撤去する勇気が無いからです。
でも、ここ数年間、私は昼も・夜も・夜中も、「ペーパータオル」は使用ぜず、ハンカチを使っています。「CO2削減」への小さな工夫・努力を常に心掛けているからです。私って結構几帳面・真面目なんですよ。
「ペーパータオル」は紙を使用する事ですし、「エアータオル」は電気を使用するので、どちらも「CO2削減」に逆行する行為です。
私は『ハンカチを持とう・使おう』と声を大にしてお伝えしたいのですが、その時に「マイナスの心」では楽しくないし・長続きしません。そこで私の『ハンカチに関するチョッとした情報』を7つ。
@20年程前に、『出掛ける時にはハンカチを3枚持とう。1枚は自分の手を拭く為・1枚は何かあった時の為に・1枚は誰かの為に』という言葉に出会いました。
「感激し易いタイプ」の私・素直で「ナルホド! と思ったらすぐに実行する」私は、早速実行し、今日までやり続けています。
A上記の1枚目のハンカチについてです。私は色とデザインと雰囲気に「超こだわる人」ですので、その日の服装にピッタリの色・デザイン・雰囲気の物を選びます。勿論、その為に沢山のストック(?)があり、外出の予定がある時は前もって洋服や着物と同時にハンカチも準備しておきます。
B上記の2枚目のハンカチは、例えば公園のベンチに腰掛ける必要があったり、電車やバスの中でクーラーがきつくて寒く感じる時などに、「お尻の下に敷く」「首に巻く」「膝に掛ける」などの使い方をします。
又、買い物袋が重くて手が痛い時に、荷物が入った紙袋の細い紐にハンカチを巻いて、手の痛みを緩和する為に使用したりします。
C上記の3枚目のハンカチは、『誰かの為に』です。例えば一緒に行動している人がハンカチを持っていない場面でお貸しします。神社やお寺の「手水(ちょうず)=お参りをする前に手と口を水で清める」で濡れた手を拭く時にお貸ししたり、「ペーパータオル」や「エアータオル」が無いトイレでお貸ししたり、ケガや衣服を汚した時などにお貸しします。
Dハンカチの大きさ・素材にもこだわると楽しいです。「昔から使用されている木綿」でも、「一般的な大きさ」の他に『大判』のものも重宝です。Bのクーラー対策にGOODですし、ベンチに腰掛ける時にお尻の下に敷くにも便利ですし、風呂敷代わりに結構沢山包めますので、2枚目のハンカチは大判のものにしています。
又、素材とも関連しますが、今私が“はまっている”のは『とっても小さいタオル地のハンカチ』です。(写真参照)『ポケットに入り、吸収率が高く、シワにも気を使わなくて良く、出張先のホテルで入浴時や洗面時に洗って干しておくと翌日にはアイロン不要で使えるのがすごーく便利』だからです。変な話、同じお気に入りのメーカーのタオル地のハンカチは、「大きいもの・中位のもの」を、「赤・青・緑・黒」と沢山持っているのに、数年前に飛行機の中で『機内限定品』として『そのメーカーの黒の“超小型”のタオルハンカチ』と『同じ柄のキンチャック袋』のセットを買ったその時から、「それらの今までのハンカチさん達」はお留守番が多く、毎日毎日同じハンカチを「夜洗って・日中使用」しています。
E皆さんは、ハンドバックやウエストポーチなどにハンカチを掛けていますか? 私は必ず掛けています。
ある時、長女から「お母さん、どうしてハンドバックにハンカチを掛けるの?」と質問されました。「バックのふたを開けた時に、中味が丸見えになるのがイヤだからよ」と答えると、心底納得した娘はそれ以来必ず掛けています。
その時、「その日に着ている服装に合う色とデザインのもの」がより素敵に見えますし、女性のハンドバックのデザインによって「ふたが無いものには大きめのもので完全に中味を覆って隠す」「ふたがあるものには、バックの大きさに合わせたサイズで、色とデザインを服装に合わせる」「真ん中にファスナーの付いた収納の部分があり、その両サイドに収納部分があるタイプのバックには、その両側の収納部分にそれぞれ掛ける」事をしています。
Fちなみに、無地のハンカチは便利ですよ。木綿の平織りの無地のものを愛用していた私ですが、20年程前から「全体に同色の糸で刺繍をした、レース風の無地のハンカチ」を重宝に使用しています。黒色は普段も不祝儀の時も使用出来ますし、白は結婚式やパーティーにもオシャレです。近年はピンク・茶色・水色などの優しい色の物も販売されていますので、持っても・掛けても素敵ですよ。



No.16 「CO2削減」への小さな工夫を (1)「A4」でなく“B5”にしよう!
私には「こだわり」が沢山あります。特に『紙のサイズ』には、人生をかけて全世界に訴えたい事があります。それは「『A4』でなく“B5”にしよう!」という事です。
世界の基準が「A4」だからという理由で日本の公式書類が「A4」になってから随分年月が経ちました。その間、「B5でも余白が多かった書類」が無理に「A4」にする事で、余白がやたらに多かったり・必要以上に行間があいていたり…と、思わず苦笑してしまうものが世の中に溢れています。この『紙資源の無駄使い』は世界中では膨大な量になります。
それ以前から「地球温暖化問題」に関連して『森林伐採』による諸問題が取り上げられているにもかかわらず、「地球のために、世界が『B5』にすれば良いのに…』と発言する人」は誰もいませんでしたし、現在もいない様です。
私は、事ある毎に、(例えば、地球温暖化対策・二酸化炭素排出削減対策の提案を募集していた「小泉内閣のライオンハート」「居住地の柏市」などに)メールで提案したりしましたが、そんな小さな事よりもっと大掛かりな事に注目するばかりで、こんな「身近な事」は相手にされませんでした。
ですが、これは単に「用紙1枚の問題」にとどまらず、関連するもの、例えば封筒・ファイル・搬送するダンボールの材料とそれを作る時の電気代や燃料・更には倉庫のスペースやトラックの積載スペース・本箱の大きさの差の分の材料・ごみ処理費などと、使用から処分に至る全てのものが「不必要な資源を無駄に使い、地球を汚している」のです。
この考え方を一人でも多くの人に知ってもらい・賛同してもらい・広めていただきたいと思いながら、自分が作成する書類や教材などは全て『B5判』にしています。
そして、継続して情報を提供する時には、上記の理由を書いて、「全て『B5判』にさせていただきますので、宜しくお願い申し上げます。(「A4」ではなく「B5」・「A3」ではなく「B4」という事です。)」と趣旨・理由をお伝えする事にしています。
更に、「CO2削減」とは別の角度から私の考えを追加して言うと、小学生のノートも・履歴書も・レポート用紙も、『B5判』にした方が無駄がないと思うのです。
特に小学生は、教科書とノートが「A4」になった事で荷物が増えたり、1年生や2年生などは、漢字の書き取りの国語のノートや日記帳なども含めて、大きいページを使いこなせないのではないか、それが「書く事」に対する苦手意識に結びつかないか…と、様々な心配(私の勝手な危惧かもしれませんが)をしてしまいます。
もっともっと「B5」を「A4」にしたデメリットがいっぱいありますので、皆さんも是非是非『B5判』にして下さい。物によってはその場で買い求められず、「注文」になってしまう事がありますが、一人でも多くの人が『B5判』を注文すれば、「製造中止」にはならないでしょうから。
「CO2削減」だけでなく、『もののあるべき姿』『人としての正しい生き方』にもつながることだと思いますので、賛成して下さる方は周囲の人にこの提案を伝え、一人でも多くの人に実行してもらえたら嬉しいです。宜しくお願いします。



No.15 ミニ小冊子『道しるべ』を書いたいきさつ
この画像の文は、1冊目の「はじめに」です。
私は48歳の時に『電撃子連れ別居再婚』というあまり例の無い結婚をしました。
私の実子は3人・彼の方の子供は2人。合わせて5人の子供は大学生2人・高校生3人と、一般的に見ても思春期で難しい年齢でした。その上、双方の家庭は各々事情があって、やむを得ず離婚した「心に傷を持った家族」でしたので、それはそれは大変な事が山ほどあり、来る日も来る日も、(予想をして覚悟はしていたとは言え)想像を絶する問題が次々と起き、常に複数の難問を抱えた日々でした。
そんな中、結婚した「継子ちゃん」(自分の子供だと思って一生懸命に接していたので、わざと「ママ子ちゃん」と表現していました)の一人が、深く心を病んでいて、嫁ぎ先で問題行動をやり続けていました。
夫や姑が本当に優しくいたわってくれていたのですが、本人の心は「親の離婚」「親の別居を親友に話せずに自ら孤立した体験」「別居中の母親のひどい仕打ちで打ちのめされた為の心の傷」「小学生の頃の母親と担任の女教師の間のいがみ合いによって痛めつけられ続けたマイナスの経験」などが心に深く深く埋め込まれていて、どうしても回復出来ないでいたのです。
今は元気になって「今の私があるのは、お母さんのお蔭だよ」と私を大切にしてくれていますが、私と彼女の父との再婚後もずっと、そして本人の結婚当時もしばらくはどうしたらよいかわからず、彼女に色々話を聞いて心の傷の具体的なものをつかんではカウンセリングをしました。
が、遠方に嫁いでいましたので思う様に心の治療は出来ませんでしたし、電話で何とかしようと頑張ったのですがダメだったので、毎日ファックスする事にしたのです。
筆で毎日毎日言葉を書きました。説教ではなく、「生きる為の“道しるべ”にしてほしい内容」を少しづつ書いては送信しました。
最初は本人はなかなか見てくれなかったのですが、お姑さんが毎日楽しみにしてくれ、その内にミニ小冊子にした物を送ると、毎日持ち歩き、「毎日見ているよ」との電話が来る様になりました。
そんないきさつで誕生したミニ小冊子『道しるべ』の内容も、いくつかご紹介したいと思っています。



No.14 同じタイトルのミニ小冊子『道しるべ』(全5巻)を是非見て下さい。
人は何か困難にぶつかった時や悩んだ時に、それを乗り越える“知恵”や“コツ“を知っていれば、早く楽になります。ミニ小冊子『道しるべ』はそんな内容を書きました。
最近、心や身体の健康が保てない悩みや、家庭生活・学校生活・職業上などの様々な悩みで、どうしてよいかわからなくなっている人が増えています。
悩んだり・迷ったり・煮詰まったり・不安になったり・悲観したり・イライラしたり・親をうらんだり・子をうとましく思ったり・学校へ行かれなくなったり・仕事に行かれなくなったり・引きこもったり…と、せっかくの人生が台無しになって損をしている人が激増しています。
このミニ小冊子の『道しるべ』は、古村和子が人生のほとんどの期間に、苦しみながら学んだ人生体験・漢方の考え方・多くの達人の生き方などを元に、私流のやり方を編み出したものを書いたものです。
病気で入院中の人や色々悩んでいる人から、「毎日1回か2回は5冊全部を読んでいます。その日によって心に響く文章が必ずあるので、本当に今の私には“道しるべ”になっています」「人生の悩み解決のヒント集ですね」「もっと知りたいと思うと、次のページに書いてあって、本当に知りたいことがわかり易く書いてあるのでありがたいです」などの嬉しい感想をお寄せいただいています。
又、つたない字ですが、読み易い筆文字ですので、目に自信の無い人でも「メガネ無しで読める」と喜ばれています。
いつもお手許に置いて繰返し見られる形になっていますので、人生の『道しるべ』にしていただければ幸です。

※ ご自身の心の友として、
※ 生き方の『道しるべ』として、
※ ご家族の心の支えとして、
※ 心がつらい友人へのプレゼントとして、
※ 人生の先輩から後輩への生き方のコツの伝授に、
※ 長年の心の苦しみの克服のヒントや解決法に、
※ 悩みや苛立ちの心の処理法や収め所として、
※ 病気に対する取り組み方のヒントとして、

★ ご自分用やプレゼント用として『5冊セット』でお求めになる方が増えています。
★ 1冊 ¥500(税別)



No.13 人生の『3つの場』
皆さんは、どんな人生体験をしていますか?
平凡であまり苦労をぜずに淡々と平和に過ごして来られたラッキーな人も多いでしょうが、反対に大変な事が沢山降りかかり、苦労して・悩んで・苦しんで・立ち往生している人も多いでしょう。
私も随分大変な想いをしながら生きて来た人間の一人です。鍼灸の患者さんから「古村先生は『苦労人』だね』と言われる事も度々で、特に長女は「お母さんは『苦労人』だね」とよく言われるらしく、その度にあらためて「自分の母親」としても・「仕事の師」としても・「一人の女性」としても、その苦労の内容を『年齢が上がるにつれて、広く・深く理解出来る』と言っています。
そんな私ですから、この言葉に出会った時は、実感を伴って納得したのです。
「2度の離婚」と「再婚に伴う『3人+2人=5人の子供(大学生2人と高校生3人)』との生活」は沢山の『修羅場』をくぐらされました。
叉、最初の離婚に伴っての多額の借金の返済や、5人の子供たちがやってくれる(!?)沢山の出来事に直面した時の『土壇場』『正念場』もいっぱい・いっぱい体験しました。
4年前に発病し、繰り返し「救急車で運び込まれ」ながらも、「こんなのは診た事も聞いた事も無い」「治療法が無い」と6人の外科医に言われた後、どんどん悪化して退院不可能になり、昨年の8月に大腸の2/3を摘出する手術を受けた時も、これらの『3つの場』が色々と形を変えて押しかけてきました。
が、その都度、「今は土壇場だわね」「今が正念場よね」「これは修羅場じゃないから楽ね」などと娘に言いながら、苦難をも楽しみながら乗り越える事が出来ました。
やはり、色々な言葉を知っていると、人生の荒波を乗り越える知恵となり・力となりますね。
ありがたい事です。
ちなみに、この「人生の3つの場」と「人生の3つの坂」の筆文字は、5回目の入院中に病室で書いたものです。私はこの言葉を活用して、「今が正念場だ」と言いながら、長期間の入院中にお医者さんや看護婦さん達にビックリされながら色々な仕事をやっていました。



No.12 「言い訳はやめる B」
「でも」「しかし」という否定的な言葉が口から出たり出そうになった時、チョッと待ちましょう。「今、自分はどっちを向いているのか」と、立ち止まってチェックして下さい。
※ マイナスを向いている人…「でも△△だから(不可能)」「だって△△が△△してくれないから(不可能)」「しかし、△△じゃ無理」 
※ プラスを向いている人…「でも〇○だから、工夫してやってみれば出来るかもしれませんよ」「だって〇〇が何をしょうとしまいと、私が〇〇すればいいんでしょ?」「しかし、〇〇さえやれば出来るはずですよ」 
いかがですか? 同じ「でも」「だって」「しかし」でも、こうも真逆の方向の発想になるんですよ。
例えば最近のケースでは、夫婦2人で生活しているスタッフが、「主人が入院するので、病院へも行かなくちゃならなくなって時間が無い」と言い訳しました。私は「ご主人が家に居た時は、自分の時間は創れたの?」「ご主人が入院するなら、病院へ寄って家に帰れば翌朝まで1人じゃないの。その時間は自分でどう使ってもいいんだから、むしろご主人が入院中の方が自分の時間は沢山出来るじゃない。、その時間を使えば出来るでしょ?」「あーそうですね。あーなるほど。時間ありますね−」と、とってもうれしそうに元気な声を張り上げました。
そうなんです。考え方次第なんです。私の昔からの口癖は、「現実は同じで変えられないんだから、『とらえ方』と『取り組み方』でプラスにもマイナスにも出来るのよ。」
つまり、現実が同じなのに、自分の気持ちひとつで“天国”と“地獄”の差が出るのです。どっちを選びますか?
どうにもならずに困っている人、遠慮なくご連絡下さい。私がプラス発想で飛びっきりのアイディアを提供しますよ!



No.11 「言い訳はやめる A」
私は、「自分流の言葉を創るのが大好きです。この筆文字で画いた様な『心癖(こころぐせ)』=習性の人の思考パターンを、私は「不可能思考」「不可能志向」と呼んでいます。何事に対しても、“やる前”に「出来ない」「うまくいかない」事ばかりをイメージ(予想)して、“やる前”から「出来ない」「うまくいかない」時の為の『言い訳』をしているのです。勿論本人はその仕組みには気付いていませんが…。
心理分析してみると、「悪い結果を出してしまった時に備えて、自己防衛している」のです。
別の見方をすると、「腰が引けている」のです。「自信の無さの現われ」なんです。「消極的」なんです。
私のお店へ漢方相談に来店する人の多くも、こういう人って多いですよ。「治りたい」と言いながら、「治す為の努力」に対して、「やる前から言い訳を並べる」のです。そういう人達に対して、(1人ひとりの状況に応じて)「○〇やれば出来ますよ」という『可能性』を探して提案します。これは『不可能探しの名人』VS『可能性探しの名人』の対決の様相を呈します。そして、私の“究極の提案”(!?)を聞くと、ほとんどの人は、「あーそうですね。そうすれば出来ます」と、『可能性』の方に目を向けてくれます。皆さんはどうですか? 自分は「どっちの名人になりたいか」「今はどっちの名人か」が自覚出来れば、あとは『自分の心の目』を「不可能」から『可能性』の方に向き直せば良いのです。「そうかー!」でしょ?
そうそう、その気持ちで継続すればGOOD!です、よ。



No.10 「言い訳はやめる @」
私はよく「『言い訳』と『理由説明・事情説明』はちがう(異なる)」と話します。
「言い訳」って、聞いている方はすぐにその苦し気な内容に気付いて、冷静に聞き流すか、「あーあー、そんな事を言ってもバレバレだよ」なんて冷やかに聞いたりしますよね。そして本人も(心ある人は)多少気付きながら苦しい説明をしますね。
でも怖いのは、「言い訳グセ」がついている人。「よくもまあ、そんな事をヌケヌケと言うなー!」とか、「そんな事を信じると思っているの?」とか、「この間の話とくい違っているじゃん!」なんていう内容の事を真顔で言うんですよね。これって、本人は良いつもりでいても、周囲の人はあきれたり無視する様になってしまいます。
私の知っている人に時間にルーズな人がいて、約束の時間を守った事は無く、必ず30分以上遅刻するのです。そして必ずいつも同じ様な言い訳をするのです。その為、その人の習性を知っている人達は、その人にだけ「30分早い時間」を伝えたりして被害と不快感を防いでいます。
どんな時でもどんな内容でも、例えば「寝坊していまいました。スイマセン」「勘違いしていました」「うっかり見落としました」「読みまちがえました」「忘れていました」などと『原因』『理由』をシンプルに・ストレートに伝えるだけにすると、その失敗や迷惑を気持ち良く許してもらえる上、信用低下を最小限にくいとめられます。そして自分の気持ちも楽になります。
「時間」に関する私の工夫をご紹介します。約束の時間に間に合うか遅れるかは、約束の時間になる前にわかるはずですから、「遅れる」とわかった時点で『申し訳ありませんが○○分程遅れます。』の電話を入れます。それがたとえ1〜2分でも・5分でも、30分でも、私は必ず連絡します。電車なら「○○駅で○○行きの○○分の電車に乗りますので3分遅れます。」などの連絡をすると、「わざわざ電話してくれなくても大丈夫なのに…」と言われます。が、「この人は時間を守る人で信用出来る」と、遅刻というマイナスの事が逆にプラスに転じます。勿論、私はいつも「30分は早く到着する事」を心がけていますが…。
以前、このアドバイスをしたら、「車で来たんだけれど、公衆電話が見つからなくてねー」と言い訳する人がいました。が、今の時代は『携帯電話』が普及していますので、こんな言い訳は不可能になりつつありますよね。
「気をもむ」のはエネルギーを使うので疲れます。時間的な余裕を持って行動すると、楽ですしプラスがいっぱいになります。そして何より良い事は、「言い訳をしなくて済む人生」を送る事が出来るのです。是非、やってみて下さい。とっても気持ちいいものですよ。



No.9 人生の『3つの坂』
10年以上前にこの話を聞いた時、私は心底納得し,
「誰が言い出したかは知らないけれど、本当にそうだ!」と感動すら覚えたのを今でも覚えています。そしてそれ以降、必要に応じて、この話を多くの人に伝えて来ました。これまでは、額面通りの受けとめ方をして来ましたが、今回この「道しるべ」に掲載するに当たり、じっくり考えると、今までより一掘り掘り下げてとらえたり、アイディアさえ浮かんで来ました。
「上り坂」と「下り坂」は、よく人生の年齢に対して使われますね。スポーツの記録でも勉強の記憶力でも、習い事や仕事についても、「若い頃は上り坂」「ある程度の年齢が過ぎたら下り坂」という感じにとらえられています。
ところでその「ある程度の年齢」、一体何歳位でしょうね。人それぞれですね。私の体験では、私の周囲の私と同年代の人は、男性も女性も「40」が多かった様に思います。「40(よんじゅう)過ぎたら、踏ん張りが効かない」とか「40(しじゅう)過ぎたから、何だか疲れがとれなくて」などという言葉をいっぱい聞いた記憶があります。でも、その頃同じ「40過ぎ」になった私は、バリバリ働く「働き盛り」でした。そして、その差の1つの理由を発見しました。
※「もう40」という人達は、若い頃から元気で、学校へもきちんと通い、社会人になってからも健康でバリバリ働いて来た人達でした。自営業の私は、仕事を通じて接する男性は自営の人か大きい会社の上層部の人ですので、20代・30代は上昇志向の「上り坂」でかなり心身を酷使して来た人達です。その為に「40代」に入るとそれまでと同等の無理が出来なくなり「下り坂」と感じるのです。
※「40過ぎるとガックリくる」とよく口にするのは女性の患者さん達。妻として・嫁として・母として、必死で頑張り続けた「上り坂」。でも、40代に入ると「妻としても嫁としても多少「面(ツラ)の皮」が厚くなったり、子供たちの世話も一段落しますので、ホッと一息つける様になり、それまでの疲れが出て、「下り坂」と自覚するのです。
※ それに比べて、虚弱児から虚弱大人(!?)になって、体力不足や様々なストレスで心身がバテバテの人生を送って来た私は、言わば「坂無しの低地」で、子供を1人産む毎に丈夫になり、30歳で開業・36歳で移店・40歳で店舗が大きくなりスタッフが増え、ガンガン働けていたので、40過ぎてやっと人生の「上り坂」を登っていたので、??と思っていました。。
今60歳。4月に還暦を迎えた私は、「体力的には下り坂」「キャリアと知恵は上り坂」と位置づけています。
ところで「まさか」という坂。あるとは知っていましたが、本当にあるんですよ。今まで沢山の「まさか」を私は体験しました。でも、内容はここでは内緒! プライベ- トな事と、それが原因の仕事上の事ですので、お教え出来る時が来るまでヒ・ミ・ツ!
でも1つだけ教えちゃおう。今、この原稿は病院の一室で書いています。筆文字は検査直前に、文章は検査直後に途中まで書き、主治医に呼び出されて今日の検査結果を聞いた後に残りを書いています。検査結果?「まさか!」の入院3度目で、上記のプライベートの「まさか」の繰返しがこの病気の原因だとわかり、心底納得中。世の中に「偶然は」無く、全て「必然」といいますから、「何の為だったのかなー」と今、電話で長女と話したところです。後日、そんな事もご紹介しますね。